本に触れる日記

2021年5月20日にブログタイトルを「毎日の図書館学」から変更しました。

百科全書

「願わくは、後世の人々が私たちの『辞典』を開いて、「これが当時の学問と芸術の状態であったのだな。」 といってくれますように!  願わくは、後世の人々が、私たちによって記録された発見に自分たちの発見をつけ加え、人間精神とその産物との歴史が最も遠く隔たった幾世紀までも代々続いてゆきますように!  願わくは、「百科全書」というものが人間の知識を時の流れと変革とから保護する神殿となりますように! その礎石は私たちが置いたのだ、といえば、あまりに自慢することになるだろうか」。近代の思想家たちが当時の知識を集大成した『百科全書』の序論。百科全書という書物が世の中に生み出されることの意義を問いかける。知識を事典という形にまとめ上げる際には、選ぶことと切り捨てることのバランスを取る必要がある。何を書いて何を書かないのか。

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付記

2020年4月16日から400日間毎日書き続けてきました。キリのいい数字になったところで更新をいったん休止します。ありがとうございました。

世界の紙を巡る旅

身近にあるものだけれども知れば知るほどにさまざまな種類があることに気がつく。紙はその土地ごとにいろいろな表情をしている。手触りとか質感とか。ざらっとしていたりさらっとしていたり。原材料とか技法とか。厚くて薄くて。硬くて柔らかくて。色も明るさも表情が豊かだ。世界中を旅してその土地ごとの紙に出会っていく。人生のなかで私たちはいったいどれくらいの種類の紙に触れることができるだろうか。今自分が手にとっている本はどこからきた紙でつくられているんだろうか。自分の身近なところにでは触れることができない、自分の生活から遠くの、より遠くのほうにある紙に思いを馳せてみる。

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かくれた次元

「有益な、好ましい古い建物とその周辺を都市改造の「爆弾」から守ること。新しければすべてよく、古ければみな悪いとは限らないからだ。われわれの都市には保存に値する場所──時には二、三軒あるいは一群の家だけのこともある──が多くある。それは過去との連続を保ち、町の眺めに変化をつける」。私たちの暮らす町の姿はさまざまな都市計画の影響を受けている。私たちの存在や行為が空間における体験と結びつく。「人間はどんなに努力しても自分の文化から抜けだすことはできない。なぜなら、文化は人間の神経系の根源にまで浸透しており、世界をどう知覚するのかということまで決定しているからである。人間は文化というメディアを通してしか意味ある行為も相互作用もできない」。

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遊びと学びのメディア史

「明治開化期において、木版刷りの印刷物である錦絵は、印刷技術が発達していない日本社会における重要な情報メディアであった。このような状況のなかで、教育政策においても教育的意図を伝えるメディアとして錦絵の有効性が注目され、文部省は教育錦絵と呼ばれる啓蒙的な実用版画を発行していた。また、明治中期に通俗教育の環として開催された教育幻燈会は、江戸時代から庶民に親しまれていた写し絵の娯楽的要素を活かしながら、啓蒙的内容を教示するメディアとして普及した」。教育と娯楽の関係は近代社会教育の成立や発展を促している。そういったやり取りの間にはメディアが関わってくる。遊びのなかに学びがあり、学びは遊びの要素を取り込みながら発展していく。

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時間

「基本的に、人間がコンピュータに期待しているのは──書くこと、情報の入手、コミュニケーション、さまざまな娯楽コンテンツにまで──即座の反応である。特定の情報が欲しければ、瞬時にアクセスできることを私たちは期待する。ある音楽が聞きたいと思えば、わざわざ立ち上がってレコードやテープ、CDを探す必要はもはやない。パソコンや携帯電話のキーを押せば、ほんの数秒で目当てのものを探し出せる。書いた文書を修正したいと思えば、簡単かつ迅速に直すことができる。これと同じ簡便さとスピードを、昔の文書作成や印刷の技術で実現することは不可能だ」。私たちの身体は時間にとらわれている。私たちの持つ時間には有限性がある。自分自身の終末を認識しつつ、そこをどう乗り越えていくのだろうか。

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発明

「現代科学の大問題の一つは、出版物の大量化そのものである。既存の出版物の目録を指で爪ぐるだけでも大変な量になり、単にその多さのゆえに圧倒的になった。その結果、マイクロフィルム法によって蔵書を圧縮するだけでなく、文献の検索と目録作成のための機械的方法が開発された。そのための器具は価値はあるが、その価値には厳しい限界がある。種々の分野のアイディアの間にはそれらの分野の二つ以上で研究した人でなければ分からない結びつきがあり、それらは、型通りの作業をする図書館の目録作成員や、まして目録作成機械には見逃されてしまう」。発明がなされるための条件には何が考えられるだろうか。知的風土、技術的風土、社会的風土、科学的風土。独創的なアイディアを生み出していく背景とはどのようなものだろうか。

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世界の「住所」の物語

「国家は国を形成して政策を進める前に、その社会を把握し、国民の身元を確認しなければならなかった。家屋番号がつけられるまで、閉ざされた家々と地図整備されていない通りは、そこに住む人々を隠していたのだ。対象が本なら、わたしたちはそこに書かれた文字を読む。対象が町なら、わたしたちは通りの名称と家屋番号を読む。しかし、家屋の住所が定められるまで、政府はその国民がどこの何者なのか読むことができなかった。家屋番号が政府に読む手段を与えたのだ」。通りに名前がつけられる。どこに誰が住んでいるのかを把握する。どういう目的でまちに住所という名前がつけられたのかを知る。「西洋人は線で対象を見る/日本人はブロック(目印)で対象を見る」。

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物語の哲学

「人間の経験は、一方では身体的習慣や儀式として伝承され、また他方では「物語」として蓄積され語り伝えられる。人間が「物語る動物」であるということは、それが無慈悲な時間の流れを「物語る」ことによってせき止め、記憶と歴史(共同体の記憶)の厚みの中で自己確認(identify)を行いつつ生きている動物であるということを意味している。無常迅速な時の移ろいの中で解体する自己に拮抗するためにこそ、われわれは多種多様な経験を記憶にとどめ、それらを時間空間的に整序することによってさまざまな物語を紡ぎ出すのである」。物語という言葉は、「語られたもの、物語」(story)と「語る行為または実践」(narrating)という二つのつかい方がある。

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